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フッ素が歯冠修復物におよぼす影響に関する文献的考察

日本大学歯学部保存学教室修復学講座

1.はじめに

 PMTC後にフッ素塗布を行うことで歯質を強化することは,日常臨床では当然の行為として行われています。しかし,このときに用いるフッ素製剤の種類が口腔内に存在している歯冠修復物への影響についてはどうでしょうか。ここでは,歯質強化には不可欠と考えられているフッ素の効果について,とくに口腔内の修復物あるいは歯科用合金に及ぼす影響について考えてみました。

2.フッ素の作用

 エナメル質へのフッ素の取り込み量に関してNaFとAPF(Acidulated Phosphate Fluoride)を比較すると,APFで有意にフッ素取り込み量が高く,またこの傾向はフッ素溶液浸漬1分よりも4分でさらに向上するとの報告があります1)。歯質の側から考えると,APFの効果に関してはこれまで多くの報告があるわけですが,ここで注意しなくてはいけないのがその組成です。APFはフッ化ナトリウムとリン酸との化合物ですから,水溶液中では以下の反応を示します。

NaF ⇔ Na+ + F-
H3PO4 ⇔ 2H+ + HPO42-
H+ + F- ⇔ HF

 すなわち,水素イオンとフッ素イオンが共存し,これらが結合してHF(フッ化水素)を形成するわけです。よく知られているように,フッ化水素の水溶液はフッ酸あるいはフッ化水素酸弱酸を示すとともに,ガラスを溶解する能力を示します。また,NaFがほぼ中性の水溶液(pH6.2~7.2)であるのに対してAPF水溶液は酸性に傾いています(pH 3~4)。

3.修復物への影響

 それでは,これらフッ素製剤が口腔内に存在する歯冠修復物におよぼす影響についてはどうでしょうか。歯冠修復物のうち,成型充填材のコンポジットレジン,グラスアイオノマーセメントおよびコンポマーを,(1)蒸留水(2)フッ化ナトリウム(Nupto Natural, 2% Naf)(3)APF (Nupto APF, 1.23% acidulated phosphate fluoride)の3条件の溶液に合計24時間(一日4分間塗布したとして1年に換算)浸漬させた結果,いずれの修復材においても,APF浸漬群でその表面性状が有意に粗くなったとされています2)。やはりグラスアイオノマーセメントの粉末がアルミノシリケートガラスで,HFの影響を受けやすいと思われます3)。もちろん,コンポジットレジンの無機質フィラーも影響を受け,とくにMFRタイプのレジンよりも比較的大きなフィラーを含有しているレジン(たとえばクラレのクリアフィルAP-X,松風のLite-Fil IIAなど)もAPFによって表面が粗くなるようです4)

 充填用コンポジットレジンで影響があるわけですから,ソリデックス,エステニアあるいはアートグラスなどのハイブリッドセラミクスあるいは全装冠用レジンでも影響は少なからずあるようです。もちろん,すべての製品に認められる変化ではないようですが,ソリデックス,タルギスあるいはグラディアなどはAPFの浸漬で有意に粗さが増加しています5)。歯冠補綴用レジンでAPFの影響を受けやすい製品は,これもまた比較的大きな有機質フィラーを配合している製品のようです。

4.ポーセレンへの影響

 ここまでくれば,ポーセレンもAPFの影響を受けるだろうと容易に想像できると思います。ポーセレン表面自体も化学的耐性は高いのですが,1.23%APFに4分浸漬させると,表面の性状に変化が認められたとされています6)。もちろん,ポーセレンの表面性情の変化は艶の消失にもつながってくるわけですが7),審美性の配慮等からも一般に行われているように,ワセリンなどでその表面保護は必要と考えられます。

5.チタンへの影響

 さて,歯科用合金のうちでチタンは,その表面に強固な不動態被膜を形成することによって,酸化性環境あるいは各種薬品に対して優れた耐食性を示すとされています。この点から,各種歯冠修復物あるいはインプラントへの応用時の耐食性については十分と考えられているわけです。たとえば強酸である塩酸や硫酸に浸漬しても,腐食はきわめて小さいことが判明しています。しかし,フッ素が存在し,しかもその環境pHが低い場合においては,チタン表面の変色あるいは腐食が起こることが判明しています8。しかし,フッ素の影響よりもブラッシングに伴って生じた傷の影響が大きいという報告もあります9。しかし,pHの低い環境でのフッ化物の使用は

NaF + CH3‐COOH → HF +  CH3‐COONa
と,HFを形成し,
TiO2 + 2HF → H2O + TiOF2

となることから,腐食を生じる危険性は大きくなるわけです。したがって,インプラントの患者さんに対しては,APFはおろかそれ以外のフッ素の適用についても,pHを考慮しなくてはならないことがわかります。さらに,最近では矯正治療のワイヤーにチタンが使用されることがありますが,口腔内の齲蝕リスク低減化のために安易にAPFを使用すると,ワイヤーの断裂を惹き起こすことも懸念されています10)

 

6.まとめ

 これまで,フッ素の歯質強化という効果のみに注目しがちであったものが,視点を変えて歯冠修復物への影響について考察してみました。こうしてみると,これまで私たちが常識と考えていたことが,実はまだ再考の余地があったことに驚かされます。何の気なしに行っている日常の臨床の中にも,エビデンスの蓄積が必要な事項が潜んでいるのではないでしょうか。

文献
1) Delbem, A.C., Cury, J.A.: Effect of application time of APF and NaF gels on microhardness and fluoride uptake of in vitro enamel caries. Am. J. Dent., 15: 169-172, 2002.
2) Dionysopoulos, P., et al.: The effect of home-use fluoride gels on glass-ionomer, compomer and composite resin restorations. J. Oral Rehabil., 30: 683-689, 2003.
3) Yip, K.H. et al.: Effects of APF gel on the physical structure of compomers and glass ionomer cements. Oper. Dent., 26: 231-238, 2001.
4) Soeno, K. et al.: Influence of acidulated phosphate fluoride agents on surface characteristics of composite restorative materials. Am. J. Dent., 13: 297-300, 2000.
5) Soeno, K. et al.: Influence of acidulated phosphate fluoride agent and effectiveness of subsequent polishing on composite material surfaces. Oper. Dent., 27:305-310, 2002.
6) Kula, K. et al.: Effect of 1- and 4-minute treatments of topical fluorides on a composite resin. Pediatr. Dent., 18: 24-28, 1996.
7) Wozniak, W.T. et al.; Use of an in vitro model to assess the effects of APF gel treatment on the staining potential of dental porcelain. Dent. Mater., 7: 263-267, 1991.
8) Nakagawa, M. et al.: Effect of fluoride concentration and pH on corrosion behavior of titanium for dental use. J. Dent. Res., 78: 1568-1572, 1999.
9) Siirila, H.S., Kononen, M.: The effect of oral topical fluorides on the surface of commercially pure titanium. Int. J. Oral Maxillofac. Implants, 6: 50-54, 1991.
10) Yokoyama, K. et al.: Fracture associated with hydrogen absorption of sustained tensile-loaded titanium in acid and neutral fluoride solutions. J. Biomed. Mater. Res., 68A: 150-158, 2004.


■講師 宮崎真至先生

<講師略歴>

昭和62年

日本大学歯学部卒業

平成 3年

日本大学大学院修了,博士(歯学)

平成 3年

日本大学歯学部保存学教室修復学講座 助手

平成 6年

米国インディアナ州立大学歯学部留学(平成8年まで)

平成15年

日本大学歯学部保存学教室修復学講座 講師

            

 

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