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平成20年度 第7回LDA学術講演会 > 講演抄録

“骨造成”REGENERATION 〜専門家が語る心構え〜

「材料工学から見た再生・疾患骨の力学特性支配因子」
〜骨質指標としてのアパタイト配向性に注目して〜

講師: 中野 貴由 教授

  • 大阪大学大学院工学研究科マテリアル生産科学専攻(専任)
  • 大阪大学臨床医工学研究・教育センター(兼任)
  • 大阪大学大学院工学研究科構造・機能先進材料デザイン教育研究センター(兼任)

Quality of Lifeの向上には、歯や骨といった硬組織の維持、疾患予防、再生技術の確立が不可欠である。歯牙や骨の欠損時には、金属インプラントの適用が数多く行なわれるが、硬組織医療の更なる進展には、修復されるべき硬組織の適切な評価・解析とそれをフィードバックした代替材料の設計が不可欠である。一方で、2000年の米国国立衛生研究所(NIH)による提言により、骨量・骨密度以外の強度支配因子として骨質(Bone Quality)指標への関心が急速に高まっている。こうした背景から、我々の研究グループでは、材料工学的手法を用いた硬組織の質的評価と硬組織微細構造を意識した硬組織代替材料の設計に取り組んでいる。本講演では、骨質指標の重要因子としての生体アパタイト(Biological Apatite、以下BAp)の配向性と力学機能の相関に注目しつつ、正常・疾患・再生硬組織の微細構造の異方性に基づく骨質評価法について以下の対象材料、注目点を中心に紹介する。

・対象とする硬組織

  1. 生体内硬組織(皮質骨(長管骨、扁平骨、下顎骨)、海綿骨・骨髄骨))。
  2. 再生硬組織(rhBMP2徐放による再生骨)。
  3. 歯科領域への応用(歯牙、下顎骨(成長・咀嚼効果・削合))。
  4. 疾患硬組織(変形性関節症、骨粗鬆症、遺伝子組み換え動物)。
  5. インプラント埋入新生骨組織。

・講演の注目点

  1. in vivo応力(成長・咀嚼・再生)へのレスポンス
  2. 荷重支持機能とCa代謝機能のバランス
  3. 力学機能との相関
  4. 構造パラメータと材質パラメータの分離
  5. 骨系細胞(OCY、OB、OC)の役割
  6. 骨成長速度

硬組織の微細構造と配向性解析

硬組織は緻密に制御された階層的な構造を持つ。その主成分は基本的にはコラーゲンとBApであり、両者の組合せにより、硬組織は強度としなやかさを兼ね備える。そのうちBApは六方晶系をベースとする異方性の強いイオン結晶であることから、硬組織の機能的特徴は、a軸、c軸といった結晶学的方位に強く依存し、変化することが期待される。

BAp配向性を解析するための手段として回折法が考えられる。我々のグループでは、微小領域X線回折法を駆使することで、正常、再生、疾患といった様々な状態での硬組織に対して、BApのc軸配向性を解析し、新たな骨質指標としての可能性を探っている。この方法は、コリメーターにより10〜100μmφ程度まで絞られた平行入射X線により、硬組織微小領域での回折情報を得ることを特徴とする。また、最近(株)リガクとの共同開発で、硬組織に特化した骨質解析専用装置を開発した(http://www.rigaku.co.jp/products/p/xdpd0065/)が、これを用いるとX線回折の初心者であっても全自動的にBAp配向性の解析を可能とする。

皮質骨・海綿骨のユニークなBAp配向性

皮質骨は、生体部位に応じて様々な配向分布を示す。例えば、長管骨、下顎骨、腰椎骨では、それぞれ、長手方向、近遠心方向、頭尾軸方向に沿って優先的なc軸配向性を持つ、いわゆる一軸配向組織を保有する。一方で、頭蓋骨では、骨面に沿った2次元配向を示す(Nakano T、 Umakoshi Y et al.: Unique alignment and texture of biological apatite crystallites in typical calcified tissues analyzed by microbeam X-ray diffractometer system, Bone 2002, 31: 479-487.)。こうした特徴的な配向分布は、in vivoでの応力状態と深く関わっており、特に強いc軸配向の認められた方位は、生体内での最大荷重方位と一致している。 下顎骨では基本的には近遠心方向に沿ったBAp配向性を示すが、歯冠直下では、咀嚼荷重方位に対して最大の配向性を示すようになる。こうした傾向は咀嚼荷重を受けやすい頬側で強く現れ、咀嚼による応力分布の変化が直接的にしかも局所的にBAp配向性を支配している。

海綿骨は、皮質骨に比べ、カルシウムの代謝機能を強く発揮するものの、荷重支持機能をも併せ持つ。透過型X線回折法によると、ヒト腰椎骨海綿骨部の解析において、一次骨梁の伸長方向に沿って、(002)回折に三日月状の強い分布が認められる。つまり海綿骨では、骨梁の幾何学配置により力学機能の最適化を図っているものの、骨梁伸長方向へのBAp優先配向化は、海綿骨のさらなる高強度化を実現していることを示している。こうした荷重下での海綿骨梁での配向性変化は、エストロジェンの投与により形成されるオスウズラ骨髄骨においても認められ、骨髄骨の荷重骨化にともないBApは配向性する。

再生硬組織のBAp配向性

硬組織の再生誘導治療は、細胞、細胞増殖因子、足場材料を適切に組み合わせることで達成される。例えば、ウサギ尺骨部分に自然には治癒不可能な20mmの巨大欠損を導入し、rhBMP2を徐放することで硬組織欠損部の治癒を行なった場合、6週後には、欠損は再生硬組織で覆われ、見かけ上、再生部は元通りまで回復する。しかしながら、見かけ上の硬組織再生が進行しても、微細構造の回復や関連する力学機能の改善が図られているかどうかは、骨密度や硬組織形態の観察だけでは判断できない。

実際の再生骨における配向性の回復は、骨密度に遅れて進行する。このことは、骨密度から配向性を予想することは困難であり、レントゲン等で解析した骨密度の回復を基準に、配向性をはじめとした硬組織微細構造の修復を判定することはできないことを示している。

再生硬組織におけるin vivo応力・配向性・力学機能の関係

硬組織の力学特性が、骨密度によってのみ決定されるのであれば、BAp配向性を解析する必要性はないが、実際には、硬組織の力学機能の回復は、BAp配向性の変化に強く相関する。特に、硬組織での力学機能の基本であるヤング率と配向性の間には、正の強い相関が認められる。すなわち、「in vivo応力分布」、「BAp配向性」、「ヤング率の異方性」は相互に相関しており、このことはメカノセンサーとしてのOCY(骨細胞: Osteocyte)の応力感受が配向性を構築するためのトリガーとなることを示唆している。さらに、ヤング率の回復は、硬組織再生初期では骨密度に依存するものの、リモデリングスタート以降のほとんどの全ての時期において配向性に強く相関する。つまり、ヤング率に代表される再生硬組織の力学機能は、骨密度より配向性に対して敏感であり、配向性が「骨質」を表す指標として極めて重要であることを意味している。

材質パラメーターとしてのBAp配向性と力学機能

硬組織の複雑な形状、さらに微細構造は硬組織部位に強く依存することから、硬組織の力学機能を理解することは必ずしも容易ではない。ただし、硬組織の形状や体積といった硬組織形態由来の構造パラメーターと硬組織を構成する材料学的特性である材質パラメーターに分離することで、硬組織における力学機能の本質を理解することが可能となる。とりわけ、硬組織再生では、硬組織の形態や微細構造が複雑に変化することから両パラメーターに分離して解析する必要性がある。

歯科領域へのBAp配向性パラメータの応用

歯牙や顎骨においても、BAp配向性は極めて敏感に変化する骨質指標である。下顎骨の成長や抜歯・削合による咀嚼荷重の障害は、近遠心方向や咀嚼方向等の3次元的な配向性を大きく変化させる。インプラント埋入時にもその変化は現れ、インプラントの適合性やさらなる改良を行う際の有力な手がかりになりえる。

生体硬組織内でのBAp配向性の制御因子

変形性関節症、硬組織成長・咀嚼、硬組織再生、骨粗鬆症モデル、遺伝子欠損、薬剤投与等、の様々な因子の変化を引き金に、応力情報、OCYの応力感受性、骨代謝回転を通じて、BAp配向性は影響を受ける。骨密度がスカラー量であるのに対し、BAp配向性はベクトル量であり、硬組織微細構造に対する情報は格段に多くなる。その結果、配向性に注目することは、単なる機能評価法として重要なだけではなく、硬組織成長・硬組織再生機構等を解明するための手段となる。BApの配向化は、応力をはじめとする外部環境や生体内環境と密接に関係し、骨関連細胞としてのOB、OC、そしてOCYの働きに強く支配されていることは疑う余地がない。近い将来、細胞レベル、さらには情報伝達をつかさどる分子レベルから、in vivo、in vitroでのBAp/コラーゲンの配向化過程の解析や配向化を決定する支配因子の解明が進むものと期待される。

おわりに

本講演では、BAp配向性に注目し、硬組織の持つ微細構造の異方性について紹介するとともに、結晶工学的手法に基づく解析を行うことで、様々な状態の硬組織の構造や機能の変化を評価できることを示した。さらに、生体内インプラントをはじめとする硬組織代替材料を設計する場合には、こうした硬組織微細構造の異方性を考慮した硬組織医療が不可欠であるものと考えられる。とりわけin vivo応力状態が極めて複雑である顎骨治療・再生や歯科インプラントの埋入にとって、硬組織微細構造の異方性を考慮したインプラントをはじめとした材料設計や術式への考慮が今後益々重要になるものと考えられる。


            

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