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「コラム集」

「口福づくりのマエストロたちへ」
  第一話「ル・キャキャルトンあるいはミシュランの格付け」

大黒 俊樹  

「ミシュランの5つ星レストラン」などという間違った表現がいまだにマスコミで披露されている。ミシュランではレストランは3つ星まで、ホテルは4つ星L(Lはラグジュアリーの略)までしかない。

ミシュランは云わずと知れたフランスのタイヤメーカーであり、自社タイヤの販促企画としてこの格付けが行われ出版されている。

ミシュランは正確かつ歴史的興味深さ、景観の美しさなどに基づいたドライブ地図も出版しており、「写真撮影や眺めるならこの方向から」という矢印入りのガイドの内容には敬服に値する。

レストランで1つ星は「良い料理を常に提供する店」、2つ星は「近くに訪れたら是非立ち寄るべき店」、3つ星は「タイヤをすり減らしてでもわざわざ出かけるべき素晴らしき店」という定義に基づき格付けされている。

ホテルは意外と地味な評価で、設備の具備内容で4つ星までが決まり、さらに雰囲気がラグジュアリーかでLのコードがつく。大雑把にいえばバスタブ、シャワーがあり、電話が一室に2カ所以上あれば4つ星になってしまうので、日本のほとんどの名が知れたホテルは「4つ星L」になってしまう。大切な恋人や奥様のご機嫌をとるなり、貴重なお時間を過ごすのであれば「4つ星L」では不安があり「スモールラグジュアリーホテルズ」「シャトーレラリス」にご希望をお伝えになる方が賢明である。

レストランにはもう一つ「ゴーミヨ」という格付けがある。「ゴー氏」と「ミヨ氏」が始めたもので、「味」と「接遇・雰囲気」を「フォーク数」と「帽子数」という二次元的な表示を採用しているため、「汚い店だが味はいい」という日本人的好みには合っているかも知れない。

逆に「ミシュラン3つ星」クラスは日本にはなかなかない。

3つ星が具備すべき「雰囲気」とはまさにその字のごとくであり、料理やワインを供するのにあたり、どのテーブルもが注文した料理とワインに適しているか、それをバトラーやソムリエが頻繁にテーブルを行き来し、皮膚で検出しながら調整する。各テーブルの空気の湿度と温度をお客様のご注文内容に適応させる、それが彼らの仕事である。

照明は贅沢かつ歴史に支えられた優美な色温度を醸し出す贅沢なアンティーク器具を用いながら、さらに現代的な手法で優しく衛生的な明かりを作り出す。

パリの「ル・キャキャルトン」で初めて食した「お勧めコース」の「サーモンのムニエル」は生で食しても十分に美味しいはずの切り身を、オーブンの天板の端(普通調理に使う場所ではない)で、何度も何度も表面温度を手のひらで確認しながら火を通していく。その「作品」は、生ではとうてい伝わらないうまみが閉じこめられており、それでいながら生のような滑らかな食感をのこし、しかも添えられた温野菜との完璧なハーモニーを奏でる。以後「ムニエルという表現はこれ以外全世界使用禁止」といいたくなるくらいのものだった。

このコースの悦ばしいのは「コースの各料理に最適のワインをグラスでサーブ」という、至福の楽しみがついていることだ。つくづくそのバリエーションのひろさには感心させられる。シェリーのようなものや、ブランデーに近い舌触りのものもある。

コースで、デザートの前にサーブされる「フローマジュ(チーズ)5種の楽しみ」は、それぞれのチーズに最適なワインが5つ並ぶ。どちらが「主従」とは言えないような「円熟の夫婦」の5カップルが眼前に並ぶ。その多彩さと円熟度には「若輩者の私が食させて頂いて誠に有り難うございました」と帽子を脱ぐほどである。

ただし若輩者に身分不相応とは思っていない。われわれは自腹を痛めてでも、こうした口福を体験する必要がある。この繊細さを患者様に再現するために自分が何をすべきか、それを身につけてこそ、Leading Dentistに相応しい登竜門にたどり着くのである。有効な投資とはおよそこういうモノだ。

追伸:ここで述べた体験は私が3度目にパリに訪れたときまでは再現された。しかし4度目にお客様をもてなしたときは、予告申し上げた内容に相応しくない出来であった。今は回復していることを望みたい。新進気鋭のアランデュカスの店で、同じようにムニエルを作っているのを見た。こちらは今、安心して皆さんにお勧めできる店だ。

「口福づくりのマエストロたちへ」

 
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