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「口福づくりのマエストロたちへ」
  第二話「ふんわりほんのりパンに海の黒ダイア」

大黒 俊樹  

キャビアを口にされたことのない方はいるまい。披露宴などで、司会が恭しく「世界三大珍味のキャビアが添えられております」なんてのたまわれると、どれ?って思いたくなる、何粒か数えられる程の、あの「黒い海のダイア」だ。あの程度の量では、ただの「しょっぱい粒」でしかない。しかし、この「黒ダイア」はまると大変である。まれに死に至る。

刑事コロンボの番組、殺したい男が無類のキャビア好きで、犯人が自分の作品の試写会に招き、上映中の映画の中に数カットキャビアの写真を入れていた。内在心理に作用させて買わせてしまう「サブリミナル効果」という、今は禁止されている、かつて行われていたCM演出手法だ。プレシアターレセプションで振る舞われていたキャビアが、ごっそり余っていたことを覚えていた男は、映画を見るのをやめ、犯人の狙いどおり、そのレセプション会場に一人戻り、スプーンでガバッーとすくって至福の時を独り占めして、犯人に後ろから殴られた。

当時、学生の私には、こんなに美味しいものがあるのか、と鮮明に記憶が焼き付いた。

ニューヨークのエセックスハウスにほど近い「キャビア・ペトルシアン」やパリの「キャビア・キャスピカ」は、その理由を私にまざまざと教えてくれ、かの地の赴くたびに私に幸せな散財を強いることになる。

キャビアとは、ご存じの通り、チョウザメの卵である。チョウザメはいろいろなところに生息しており、カスピ海や黒海、ロシア、もちろんアキテーヌの養殖もあまりに有名である。また、チョウザメの種類によりベルーガ、オセトラ、セブルーガなどがあり、微妙な塩気と卵らしいタンパク質的なこくの差がある。

セブルーガは長くとがった鼻が特徴的で、体重は25キロ前後、5、6年で成熟する。キャビアは濃い黒で粒が小さく、少量では深みと繊細さの妙を楽しむのは難しいのだが、どういう訳か披露宴はこちらがお印程度に盛られている。

オセトラ(オショートル)は体重60キロ前後で、12、3年で熟成、明るい茶色から明るい黒で、透明感がある。しっかりとしたはじける歯触りと濃厚な風味は絶品で、私はこちらの方が好きだが、だからといってセブルーガを味合わないでいられるほど意志は強くない。

ベルーガはこの両者の中間的な味わいだが、もっともポピュラーな種類である。

私見としては、3種を少なくとも各1オンス(28.4g)を専用アイスペールに並べ、何周も何周も、違いを味わうことをお勧めする。

ここで、とても「脇役」とは言えないパートナーが2つある。

助演男優は、キンキンに凍らせた試験管サイズのグラスで頂く「ウオッカ」。ただし、なかなか通じない発音なのである。「ブゥオツカ」と何度か云って何とか通じる。これがいいことは知っているはずなのに・・・ ウオッカは、アルコール濃度45%程度なので、味蕾の「リセットスイッチ」として、どうやら有用である。量を頂くのではなく、前のキャビアの味をリセットして、次のキャビアを楽しむために「ツッ」っと飲る。だから試験管サイズで十分なのだ。

助演女優は、準主役と云ってもいいほど重要な、食パンのミミをちょん切って、さらに三角に切ったパンだ。切った後、ごく短時間トーストされ、白くてふんわり、人肌ぐらいにほのかに暖かい状態で、3切れずつ専用の「鍋つかみ」みたいなものに差し入れてサーブされる。「鍋つかみ」は保温と、湿気を保ち、ふんわりほんのり感を維持するためのものだ。三角になっているのは、各頂点にキャビアを匙でもり、パクッ、パクッ、パクッ、と三回で食すためだろう。パンはあくまで柔らかく、しっとりしており、舌や口蓋にザラザラ感を与えて至福の時を妨げるようなことは決してしない。

キャビアは「天然物」なのでいじりようがないが、実は、このパンが微妙な味の差を教えてくれる。だから「主役級女優」なのだ。ビロードのような優しい暖かみとかすかな甘みのあるなめらかなパンに横たわっていてこそ、冷ややかな食感のあの黒ダイアの味の差が強調されるように思う。私たちが、ちょっとぼやぼやしていると、一切れ残っていても容赦なく撤去され、次の「鍋つかみ」に入ったパンがサーブされる。「あのー、まだ食べてませんけど」なんて云う遠慮は通じない。傍目に見ても「ふんわりほんのり」でなさそうになったパンで、貴重なキャビアを食さないでほしい。そういう信念が貫かれている。交換の頻度は毎3分ぐらいに感じる。

小さめの半熟卵を二つに割り、キャビアをのせて4口ぐらいで頂くのは、比較的ポピュラーで悪くない。温泉卵のような黄身だけに乗せるのはさらにいい。意外といいのが、小さな五百円玉大のポテト(あまり甘くない物)をボイルして5ミリ程度に薄切りしたものに、「温かいうちに」載せて食すのならとても美味しい。しかしこれは先ほどのパン同様、サーブする専任要員を必要とする。

こうしたパン以外のポピュラーなものと同様、ポピュラーなトッピングではあるが、タマネギ・パセリの刻みや、チーズがサーブされる店は多い。しかしこれらと組み合わせるなら、まず、パンやポテトで繊細な差違を十分楽しんでからにすべきだ、各種1オンスではちょっと足りない。

キャビアは、考えてみれば「種の保存手段」を断じる身勝手な楽しみである。祈るような気持ちで味わうことが必要かも知れない。視覚は味覚より、圧倒的に情報量が多く(約3万倍)、目を開けていては味覚の先鋭さは阻害されよう。できれば皆様におかれては、口に含む際に、目をつぶって味わって頂きたい。

追伸:食される際は、もうひとつ大事なパートナーがある。それは「匙」だ。適度に先が小さく、容器の隅々をすくえて、細やかなトッピングができて、さらに味蕾とキャビアに邪魔をしない材質。すなわち銀製か、貝殻製をお使いになることだ。

※刑事コロンボ「意識の下の映像」(1973年)

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