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「コラム集」

「口福づくりのマエストロたちへ」
  第四話「清らかな翠玉・鮎」

大黒 俊樹  

わたしが、全国を追い求めて頂く食材は、「筍」と「鮎」、そして福岡限定だが「猪」だ。

あとの二つは、季節的に次話に譲るとして、今は、もちろん「鮎」。

これは、地方とタイミングを間違えないと、単年度で数百尾は、バリエーション豊かに楽しめる逸材である。

鮎は、主食が珪藻なので、薫り高い岩海苔や珪藻が豊かな清流と流通の近い町を、日本列島を襲う豪雨の経過に注意を払いながら、訪れると、あまりハズレがない。(豪雨の後は獲れない)

球磨川、四万十川、琵琶湖、長良川、那珂川が有名だが、島根や広島・伊豆にも良い川がある。

球磨川は、九州新幹線の現始発駅「新人吉」の付近に専門店がある。ご主人がご自分で釣るので、大小様々な鮎を入手されているから、自分の選択眼で、美味そうな大きさのものを、いろいろに調理して頂く事ができる。ただし「鮎を愛している」ことを事前にアピールしておかないと、選択権は頂けないかも知れない。実は、この店は、店舗営業より駅弁が本業で、ここの「鮎弁当」はJR九州管内の人気投票で長くトップの座についている。

駅弁だから、車中で頂くのが基本だが、人気が高いので、乗車したら、のんびりせず、着席前に、車販のお姉さんが準備中の迷惑顔でも、買ってしまうくらい速攻でないと危ない。

さて、いくつかの路線で販売しているそうだが、お勧めは、「九州横断特急」だ、大分県の大分と熊本県の人吉を結ぶ。まさに太平洋側と日本海側の横断なのだが、私は鉄道ファンでもなく、単に大分→鹿児島→札幌の出張経路に過ぎなかった。大分→鹿児島といえば、そのまま南下すればよさそうだが、なんと路線バスしかなく、人吉へ「横断」し、九州新幹線で南下する方が所用時間的にマシだった。

前日の台風で遅延まであり、最初はトホホの気分だったが、車中では、くだんの「鮎弁当」を目出度くゲット、しかも眼下にはその漁場・球磨川の急流や、阿蘇の雄大な裾野を楽しむことができる。なかなかの「移動手段」であった。

「夕食命」のわたしが、そのまま人吉の本店を訪ねずに、真面目に鹿児島へ直行するはずもなく、駅弁に記載されていた店にすぐさま電話し、人吉で下車。鮎三昧に舌鼓を打ち、鹿児島の所用は半日ずらしてもらった。その影響で、翌日の鹿児島→札幌→東京の強行軍が災いか、その数日後わたしは脳内出血で倒れた。まさに「夕食命」になるところだった。

随分と鉄道ネタで「脱線」したが、鮎は、稚鮎から成魚まで、また、生食から、定番の塩焼き、甘露煮、一夜干し、リエット、鰻巻き、うるか(卵巣・はらわたの塩辛)などなど、とにかく楽しむバリエーションも多彩。

「生食?」と思われる方も少なくなかろう。説明しよう。私を鮎の虜にしたのは母方の祖父である。横浜・日吉の祖父宅を訪ねた幼少期。よく、帰路、今はない渋谷の「東急会館」の甘味処で大人ぶって「心太」をすすりながら、しばし語り合った後、「鮎寿司」を持たせてくれた。「生」と言うより、酢でしめた身であったが、小鰭とは違う、子供心に明らかにスペシャルな「夏の風物詩」だった。ただ、成魚ゆえ身を数貫に切り分けていたので、一尾丸ごと一口に食べてみたらどういう深みがあるのかが、どうにも気になっていたし、正直、気に入らない点でもあった。

そのことを、恵比寿にある「魚っ!命」って感じの某店のご主人に吐露すると、なんと、その長年の願いを叶えて下さった。

写真1:活鮎

まず、店に着くと、彼らは「生きて」挨拶をしてくれた。「あっしらは、生まれも育ちも、長良川上流、一度も養殖なんて産湯につかったぁことはございやせん」って感じで堂々と仁義をきってくれた。

鮎は「天然」「養殖」の他に、養殖後、短期間、川に放ち、天然の香り付け程度の「半養殖」の三種類が流通している。もちろん天然が一番滋味深く高価、希少。岩にへばり付く珪藻を下顎のみで掬うように削り取る摂食が主なので、解剖学的には顕著な下顎前突と、実に立派な下顎骨体、顎舌骨筋群の著明な発達と、歯科医師なら誰でも見分けがつく。

なんでも、店のご主人が「ウチの鮎キチガイのお客がくるんでねぇ」と築地の川魚専門の仲買さんを口説き、本来なら、「賢きところ」へ献上されるはずだった連中を、分けて頂いたそうだ。長良川の名物、鵜飼いの鵜匠は、宮内庁職員であることも意外と知られていない。

写真2:鮎刺身

いうまでもなく、その夜は「鮎三昧」。まず、鮎をアキシャル断面にざく切りし、「蓼」の葉とともに飾られた刺身。「蓼(たで)食う虫も好き好き」といわれる「蓼」だが、鮎の塩焼きに出てくる緑の酢「蓼酢」は、蓼を擦ったものが加えられているし、葉一枚くらいなら、生で頂くと、そのファッと広がる芳醇で爽やか香りは、舌の味蕾を心地よくオールリセットしてくれる。刺身は、背骨と共によく噛めば珪藻のみを食す川魚らしい、雑味、脂気のない、しかし「透明感のある蛋白質」とでも言うべき、楚々とした味を楽しめる。

写真3:鮎鮨

次は、往年の悲願、握りである。握りに最適な大きさの二尾を頂いた。酢でしめてはおらず、酢飯の酢が僅かに身に触れている程度の、この上ない二貫。刺身から、酢飯の酢が身のアミノ酸を僅かに引き出し、実に絶妙。来年も、再来年も二貫でよいから、食べたい。

写真4:鮎塩焼き

もちろん、定番の塩焼きも、論評の必要も、換言にふさわしい単語もない。

場所は代わるが、京都の錦市場も、とんでもない。琵琶湖の稚鮎を生きたまま売っている。

写真5:稚鮎活き焼き

それを京都の某店では「なんぼ、いきはる?」と希望の尾数だけ掬って、軽く塩して、小さな七輪で、女将が「活き焼き」(残酷なはずが食欲の前では理性がストップ?)。炙られて、おとなしくなって、ほんの少し身から湯気が立つところで「蓼酢」に放り込んでくれる。こんな美味しい「仏さん」。十尾以下では止まるはずがない。

生け簀状態にしておくと、仲間が減る事実の恐ろしい緊張とストレスで、筋肉に乳酸が蓄積し、甘みの筋グリコーゲンが減少し、何もいいことはないのだが、鮎の場合は、ストレスが、例の独特な苦みに、深みと味わいを増す。他の生物なら苦みはほとんど胆汁由来だが、鮎は、臓器に貯留した珪藻由来の、植物プランクトンを濃縮したような変化を来すのだろうか?

京都、建仁寺の某店では、座敷毎に江戸時代の殿がめでた四角い金魚鉢みたいなのに、鮎と、岩魚、山女、といった捕まえにくい川魚御三家を泳がせ、頃合いをみて縁側でご主人が焼いてくださる。京都は東京には、真似できない「趣のスペック」がある。

写真6:鮎一夜干し

とはいえ、東京も負けじと、世界に冠たる綺羅星がある。昨年ミシュランで輝いた銀座の、長年わたくしが愛してやまない某店は、一夜干しに、焼きを入れる前に、うるかを塗っている。焼き上がりでは目では判らない程度のうす塗りだが、いわば「親子焼き」で、こんな絶妙な組み合わせは常人では思いつくまい。異論反論もあるミシュランだが、この店を見落とさなかったのは流石だ。

最近西麻布にできた、これまた、わたくしの愛すべき食卓とも足繁く通う新店は、もともと、一夜干しに力を入れていた。何故なら、一夜干しは、アミノ酸を際だて、天然物でなくとも、養殖物でも鮎の素晴らしさを、安価で提供できると言う理由からだ。激戦区の店にあって、この心意気は、見上げたものだ。遠くない将来、称える星がそそぐだろう。

この店のご主人が、ある日「こんなの作ってみたので名前を一緒に考えてくれませんか?」と出してくださったのが、通常背開きの一夜干しを、敢えて閉じて、腹のはらわたの代わりに、八丁味噌を軽く塗って焼いたものだった。

先程の、うるか塗り以上に外観的には、普段の焼き物に見えるだけに、どうせ苦いだろうと食べすすむ人には、唐突に八丁味噌の深い少し甘い味わいが口に広がったときの、意外性といったら、カップルで食せば、目を丸くして、お互い目を合わせニッコリさせるほどの力がある。

もし、マンネリで、交わす言葉が少なくなり、気まずくなっていたカップルに選ばれれば、「美味しい!」なんて言葉で終わらない、一生の「転機」になるかもしれない。料理には「記銘すべき」力があることを、召し上がる方も、料理する方も、歯科医師も記銘して頂きたい。

※珪藻と岩海苔:珪藻は清流でなくとも付着するが、岩海苔は、清流でないといけない。両者は時にテリトリーを奪い合う。人間にとっては後者が美味いが、鮎にとっては、珪酸塩と植物性有機成分のみのプランクトン珪藻の方がごちそうだ。天然物は、骨(特に脊髄)や、身にも珪酸塩が分布し、植物性有機物は腹を黄色く変色させ、「スイカ」のような淡香を放つ。長良川近辺の猫は、これで見分け、養殖物には目もくれない。

※塩焼き:背骨・肋骨を引き抜いて召し上がる方がいるが、もったいない。人間の骨にも珪酸塩は重要であり、上手に焼き上げた塩焼きは、是非手づかみで、頭から、尾まで、はらわた丸ごと一気にいってもらいたい。努々バラバラ事件にして召し上がるべきではない。これは、同じく珪藻を食す江戸の土用の滋養「泥鰌(鰻ではない)」も同じ。鍋は「抜き(骨抜き)」ではなく「丸(骨ワタ丸のまま)」の方をお勧めする。

※背開き:一夜干しのための解体で、この際うるかの材料となる、卵巣、精巣、はらわたを綺麗に採取する。よって、うるかは昔は漁師の肴だった。一夜干しは焼いても美味いが、イタリア料理的にパン粉を振って揚げたりしても美味い。

※リエット:豪華に何尾も塩焼きにしてから、押し麦と、白ワインで煮込み、やや苦味が残るので、にんにく、グリーンオリーブ、レモンの皮を入れてフードプロセッサーにかけて仕上げる。ほろ苦みが心地良く、上品な味、とても美味しいリエット(すり身ペースト)になる。

「口福づくりのマエストロたちへ」

 

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